賃貸事務所を検証してみる
失望より怒りのほうが大きいときは、まず、最初に、こう言っておくこともできる。
物を買うために盗みを働いていることを知ったとき(相手がしたこと)、怖くなり、怒りが込みあげた(自分の気持ち)。
なぜって、それは法を犯しているし、大事なあなたを傷つけることだから(あなたがそう感じた理由)。
正当な本物の罪悪感に対して、正当でない、にせ物の罪悪感というものもある。
的外れな自責の念のことだ。
実際、その気持ちが生じる環境は多くあり、いろいろなかたちをとるのだが、その根拠が非現実的なので的外れなのだ。
的外れな自責の念は、ゆがんだ自己像や世界観から生じる。
その種は、道徳的に厳しすぎる親や、恐怖や罪悪感を手段にして若者をコントロールしようとする宗教家などによってまかれることが多い。
そこから育った草は、ほんとうの罪悪感と同じくらい本人を苦しめる。
だから、子供時代に強制的に植えつけられた極端な道徳教育の枠から出られない人は、そのために自滅的になる傾向がある。
たとえば、子供時代にしたささいなことにひどい罪悪感を感じ、大人になってもそれをもちつづけている人がいる。
8歳のときに母親の財布から50セント盗んだことが、いまだに重荷になっている、といったものだ。
両親の離婚や、極端な例では世界の飢餓問題など、自分のせいでないことに罪悪感を感じる人もいる。
それがどういう性格のものか正しく把握できないと、そのマイナスの力が大きくふくらみ、ほかの力とも結びついて、自分を罰する潔癖行為のもとになる。
羞恥心は罪悪感よりずっと複雑な感情だ。
行動学の専門家も最近まで真剣に取り上げることがなかったので、それがどういうものか、まだよくわかっていない。
しかしほとんどの専門家が合意している、罪悪感と羞恥心の違いがある。
悪い行為をしたときに感じるのが罪悪感であり、自分が悪いと思ったときに感じるのが羞恥心だという。
つまり、罪悪感の根っこには自分が行った行為があり、羞恥心の根っこには自分自身があるということだ。
あなたの大好きな人が、明らかに的外れの罪悪感を抱いていたら、立ち止まって検証してほしいと促そう。
立場を取り換えてみるのも役に立つ。
つまり、子供のとき、母親の財布から50セント盗んだことで、あるいは世界を救えないことで、あるいは完壁でないことで、私を責めてくれと頼む。
それから、どんな罰がいいか、考えてくれと言う。
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